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北京オリンピック
2008/08/09(Sat)


北京オリンピックが始まった。



平和の祭典としてはこれほど大規模な国家的イベントは存在しないのではないだろうか…。サッカーのワールドカップは知らなくてもオリンピックを知らない人はまず存在しないであろう。



その開会式のイベントをふと気づけばじっくり見入ってしまっていた。

出場国数の増加に伴うのか、回を経るごとに開会式は大規模かつ派手なイベントと化し、もはや「国家の見栄の張り合い」に思えなくもない。行政主導の国家体制を採用する国にとってはこれほどの国威発揚の場はないであろう。



その意味では世界でも有数の伝統と体面を重視するお国柄・・・どんな開会式になるのだろうかと注目していた。



もちろん・・・



天安門広場で戦車を引き廻す



等という趣味の悪い趣向はなく、非常に華やかかつ平和的にイベントは進行したわけであるが・・・(笑)。



 著名な映画監督がプロデュースしたというイベントの展開は素晴らしく、東洋やアジアのカラーを十分に感じさせるものであった。

 そうであった・・・。紙の実用化から火薬に羅針盤に活版印刷・・・中国は世界に誇る文化的功績を残していたのであった。高校生の頃の山川出版の教科書や用語集を思い出す・・・(笑)。シルクロードに海の道・・・中国の伝統は確かに偉大であると言わざるを得ない。

 だが、少し気になったのは…そして「現代へ」という点への焦点がイマイチ絞りきれていなかったように思えたことだった。数々の伝統を踏まえて・・・そして現代へ・・・というのが一般的な筋であろう。なぜなのだろうか・・・なんだか腑に落ちない気分であった。



 ひょっとすると、現代の中国に焦点を移すと「共産主義」にスポットを当てて肯定せざるを得なくなり、その建前を堅持しつつも大規模に市場経済や資本主義大国の外国資本を導入して国力を倍増させて経済の好調に拍車をかけようとする現在の中国にとって決して得な選択でないという計算なり配慮が働いたのではないだろうか・・・。

 つまり、上り調子の中国経済とはいえ、「現在」にスポットを当てることはその国家体制とは相容れないはずの資本主義大国の面々と友好を図りながらの際どい経済躍進という微妙な部分にスポットを当てることにならざるを得ず、オリンピックをきっかけに一層の飛躍を遂げようとする今の中国にプラスにならないという判断が働いたように思えてならない。



 何せ有史以来、



一度も普通選挙が実施されていない



 とも言われ、今となっては数少ない共産主義を掲げる世界の大国「中華人民共和国」なのである。オリンピックをきっかけに一層の経済躍進を見込むという、今までの飛躍を遂げた資本主義国の典型パターンの採用はそもそもの根底に大なり小なりの矛盾を抱えた部分があるようにも思えるのだ。

 プロデューサーとなった監督も微妙な部分は避けて演出せざるを得なかったに違いない。そこで、過去の文化的遺産にのみ着目するというある種「中途半端な演出」になってしまったのではないだろうか・・・。



 なお、ゲストであった谷村新司氏が、何かの拍子に



「コレは地球温暖化に向けてのメッセージなんでしょうか?」



 といった趣旨の発言をしたような記憶があるのだが・・・それはありえないのではないだろうか・・・。



アメリカと並んで、いやアメリカ以上にCO2削減に反対の立場を取る世界第2位のCO2排出国である。先進国だけCO2を排出して躍進したのに、我々が躍進する今頃削減を持ち出すのは不公平ではないか・・・という訳である。なるほど、考え方によってはそれも一理あるようには思えるのだが・・・。



最終ランナーとなったロサンゼルスオリンピックの金メダリストの「オジサン」をクレーンで60メートル以上も吊り上げて会場中を空高くブンブン引っ張り回した挙句、聖火を点火させるのが関の山だったのだろうか・・・(笑)。



 とは言え、各国選手の入場の際、背後でステップ踏みつつ手を叩いていた、往年の



スクールメイツ



 を思わせる白装束の中国女性陣のスタッフが、時間の経過とともに疲労の色が濃くなり、最後にはステップがばらばらになって「一糸の乱れない状態」どころか、「まったりと乱れ放題のカオス」になってしまっていた辺りに、やや「萌え」てしまったわけであるが…(笑)。



 個人的に少し嬉しかったのは「台湾」が選手を送り込んでいることである。考えにくいことではあるが、もし中国が逆の立場であれば台湾に選手を送り込んでいたであろうか・・・ふと思い浮かんだ。



 あと、小さい点に着目すれば、日本と時間が近いので、余り寝不足にならなくて済む…という細かい利点もあるだろうか・・・とは言え、逆に見逃してしまいかねないとも言えるわけであるが・・・(笑)。







 風呂上りのビールを煽り、忘れかけていた冷蔵庫の餃子をさっとフライパンで調理して突付きながら見ざるを得なかった開会式であった・・・。













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竹島問題
2008/08/02(Sat)
bamboo001

 もちろん竹島問題に関して堂々と真正面から論じれる程の知識も教養もないわけであるが、昨今の竹島問題を見ていていくつか考えさせられる所があった。



 どうも韓国のマスコミがひたすら感情的な報道に終始しているのはともかく、それに釣られて日本のマスコミもお付き合いしたいのか感情的な報道が目立つのである。

 こんな調子で報道しないと売れないのか広告との絡みで特別の事情でもあるのかは定かではないのだが・・・。



 韓国の報道内容を見た最初の率直な印象…「確か日本も戦前はこんな調子の報道がされてたんじゃなかったっけ?」というものであった。こんな印象を受けるのは僕だけであろうか・・・?



 マスコミが戦争やら国際対立を煽る国は滅ぶ・・・日本はそれを嫌という程経験したはずである。



 民主主義の成熟度はマスコミ報道のレベルに比例するとも聞く。

 マッカーサー来日時の頃には小学校レベルだったかもしれないが、戦後60年を経過し、今や中学から高校…ひょっとすると大人のレベルまで近づいているはずだと思いたいのだ。感情的な報道に終始する韓国マスコミの論調に同調してお付き合いする必要はあるまい。



 それよりも個人的にも是非とも知りたいのが…



 なぜ韓国はこんな小さな島を国際的な大問題として取り上げる必要があるのか?




 という点である。感情的なやり取りに終始した所で、とどのつまりは水掛け論に終わるのが関の山であろう。だとすれば、むしろそんな小さな島にこだわらざるを得ない韓国側の必要性にこそ焦点を当てるべきではあるまいか?この点に焦点を絞った報道が余りにも少ない気がしてならないのだ。そしてそれこそが最も知りたい点である。



 竹島(韓国名:独島)は日比谷公園と大差ない面積しかなく、そこでの利権は漁業権程度なのだという。この際、日韓友好を阻害しうる小さくて大きな問題としていっそのこと爆破してしまえとの意見まであるらしい。



 日本側としては、基本的に

・サンフランシスコ講和条約の際、韓国がアメリカに対し「竹島が日本により放棄された領土である」と認めるよう要望書を提出したが、アメリカがその要望を拒否した点。

・日本は国際司法裁判所に付託することを韓国側に提案したが、韓国がこれを拒否している点

を軸に広報を徹底するしか手はあるまい。



 忘れてはならないのが、つい最近まで韓国の現政権は牛肉問題などで低支持率にあえぎ、崩壊寸前だったはずである。そこで韓国の外交上の錦の御旗である「反日」の象徴として竹島問題がより一層クローズアップされるのは韓国側にとって不可避の選択であり、ある種奥の手であろう。

 つまりは、内政上の問題を外交問題に摩り替えて支持率と求心力の挽回を図ろうとする政治上の常套手段と見てもあながち考えすぎではあるまい。









 また、話を別な角度から見ると、外交という問題をもう少ししたたかに考える必要もあるのではないかと思えてくる。



 日本は敗戦を経験して、平和国家として生まれ変わることを誓ったのは間違いない所であろうが、外交上シビアに見ればアメリカの核の傘の下で自国の金儲けにせっせと専念してきただけだ、と考えることも可能なはずである。つまりは、自前で一から防衛策を講じるよりも思いやり予算というコストと引き換えにアメリカという最強の国防のスペシャリストを雇って自己の商売に専念する方が合理的だとの考えを選択してきたに過ぎないという見方である。



 例えば、相手がピストルを構えて主張しているときに、丸腰で平和と協調を唱えるだけでは単なる絵空事に過ぎない・・・それが国際社会の現実なのかもしれない。

 ガンジーの非暴力不服従主義は並の決意では取り得ないすさまじい究極の選択肢であろう。また、現代日本の経済力からは武器を持って立ち上がろうとしないというのも国際社会から見れば余りにも的外れなのかもしれない。



 そして国防との絡みで外交問題がクローズアップされたときに最近いつも頭に浮かぶのが…



 相手がピストルを持って主張してきた場合、こちらもピストルを持って主張して、「こんなバカなことはやめて丸腰で腹を割って話し合おうや」と言うことはできても、全くの丸腰で話を聞いてもらえることが可能なのであろうか・・・?



 ということである。



 たとえ日本が丸腰で主張するにせよ、その背後に同盟国たる世界最強の用心棒たるアメリカがいてくれないと・・・話にすらならないようにも思えてくるのだ。

仮に、国際社会の圧力とやらを考慮に入れるとしても、その実は大国の軍事力であり、その背後の経済力が不可欠であろう。



 だとすれば、日本も究極的には核武装さえも視野に入れるのか・・・憲法上の問題は?歴史上の問題は?…などなど問題は山積している。





 この点、相手側の韓国を外交上もう少ししたたかに観察してみる必要もあるのかもしれない。

  確かに、日韓併合やら様々な歴史上の悲惨な仕打ちを与えてきたことは争いのない所であろう。これらは二度と繰り返してはならない忌まわしい歴史である。



 しかし、考え方によっては、



・日清戦争後の下関条約まで韓国は独立国でさえなかった

・日韓併合によって人口は倍増した

・戦争をきっかけに国家予算の10倍以上(諸説あり)の補償を得た



 等の見解もあり、名を取られた分実を取って、国家再建に役立ててきたと考えることも可能であろう。つまりは日本以上に外交上韓国はしたたかなのだと捉えることも可能なはずである。その為の錦の御旗こそが「日帝36年」というキャッチフレーズだったのだという解釈もあり得るのではないだろうか・・・。



 そして、聞いた話では韓国では憲法上いまだに思想良心の自由が保障されておらず、政治的に自由な批判が許されないそうである。ましてや、共産主義を掲げる中国においては言うまでもあるまい。だとすれば、すべての国内問題のガス抜きの奥の手としていまだに「反日」がまかり通っていると考えることは穿ち過ぎであろうか…。



 もちろん、言うまでもないことだが、個々の韓国の方や中国の方に対する過度の身構えは不要である。外交上の戦略は個別の人間関係や民間交流の障害とは別次元の問題である。

 

 もっとも、戦前から日本が経験してきたように、民主主義の成熟していない国では「行政の政策方針」が個々の信条に摩り替えられてしまうのに不可避な部分があるのもやむをえない所ではあろう。この点は勘違いしないようにしたい所ではある。



 逆に言うと、民主主義の成熟していない国においては、行政の方針が個々の信条の隅々にまで浸透し、それを個々の人間が無意識の内に自らの信条と勘違いしうる程、見事なまでに中央集権と洗脳が行き届いており、行政による徹底した国民のコントロールが可能なのだという解釈も可能ではある。

つまり、「個々の信条=行政の方針」という図式がどこまで崩れているかが民主主義の成熟度の一つの指針にもなりそうである。とはいえ、実は単純に考えると、この指針は行政がどこまで国民の多様な見解を許容しうるかという問題に他ならない。



 もちろん、かかる問題は究極の所、行政主導か国民主導かの問題に帰結し、その境目は微妙な問題であるとともにそれこそが民主主義国と非民主主義国との違いに他ならないわけではあるが・・・。



 ともあれ、隣国を友好の相手と見ると同様に、外交上は利害争いが不可避なライバルとして見るしたたかな二枚腰が必要とされる所ではあるまいか?いや、それこそが国防であり、外交問題に他ならないと考えることも可能である。いずれにせよ、日本は韓国や中国の感情論に惑わされずに、鋭くその真意を探って外交上のしたたかさを身に着けることこそが肝要であろう。



 例えば、外交問題と並立しうる国防問題が憲法上や歴史上の問題が山積するする為に進まない状況の下、あえて外交上何とか打開策をしたたかに打つとすれば・・・アメリカのマスコミを牛耳るユダヤ人社会に資本を注ぎこみ情報戦で有利に持っていけるよう仕掛ける・・・など方法はありそうなのだが・・・(日本はご存知のように杉浦地畝氏の業績の関係でユダヤ人社会に比較的受けが良いそうである。これを使わない手はあるまい。)。



 また、前述の国際司法裁判所の件でもわかるように・・・実はこの問題は韓国の文脈にあっては単純な「国内問題」であると捉えるほうが筋ではあるまいか?つまりは白黒はっきりさせることよりもその主張をし続けることこそが現政権にとっては最大の政策であり行政方針であると解釈し得るのではないだろうか・・・。逆に考えると、「日帝36年」をいまだに掲げなければならないということは、国家体制がその時代からまるで変わっていないせいだという解釈も可能な気がしてならないのだ。







 他方、そのような状況にある時こそ我が日本のマスコミの皆さんには感情論に振り回されずに是非ともしたたかな分析とその材料提供をお願いしたいのである。



 戦後60年以上を経て、成熟した大人の民主主義国としての「報道」とやらを見せ付けて頂きたいし、それに相応しい冷静沈着な「報道」こそを大いに期待してやまないのだ。 









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ジュリアナ東京
2008/07/25(Fri)

【写真はhttp://www.officej1.com/bubble/からお借りしました】


もはや報道でもよく知られたことではあろうが、90年代のバブル期を象徴するともされる、ジュリアナ東京が1日限定で復活するそうである。

個人的には世代的に少々(?)外れているのだが、この日を待ち望んだ人も多いと聞く。当時、お立ち台の女王として知られた「荒木師匠」が今も健在で早くも参加宣言してるのもなにやら嬉しい話ではある。



9月6日(土)に東京・ディファ有明で1日限りの復活だそうだが、有料入場があるとはいえ、エイベックスが発売するアルバム「CLUB LEGEND 20th」などに無料入場券を添付する辺りに少々商売臭さが目に付く所ではある。



そもそもは日商岩井とイギリスのレジャー企業の合弁事業で、エイベックスは火事場泥棒的(失礼だが…ww)にそのコンピレーションCDで成長した脇役に過ぎなかったそうである。とは言え、その脇役が復活の主翼を担うわけだから皮肉といえば皮肉である。



とは言え、その仕掛け人が、当時日商岩井に所属していた折口雅博氏であったことはどれ位の方に知られているだろうか…。後にグッドウイルグループの実質的な創業者として話題になった人物である。



彼は日商岩井を退社後、次に「ベルファーレ」を立ち上げて成功を収める。後に、グッドウイルグループに参加するや、メキメキと頭角を現して大成功を収めるものの、その絶頂期から一転、様々な物議をかもしてCEOを退任。


現在は米法人のみでほとんどのグッドウイルグループとは関係が薄くなってしまっているという。


例のコムスンの一件などで、まさに世間お騒がせの渦中にある、有能とも落ち着きないとも言える人物だが(笑)、ビジネスマンとしての才能に争いの余地はあるまい。



彼はどんな心境でジュリアナ東京復活の一報を聞いたのだろうか・・・。



少々問題があったにせよ、彼がビジネスマンとして優秀なのは間違いない所であり、旧体制に切り込む新勢力として気持ちも新たに、個人的にはむしろ捲土重来を密かに期待している。



ホリエモンの時もそうだが、新しい新興勢力を旧体制のオヤジ連中があちこちとアラ探しをして袋叩きにして壊してしまうのは、どちらかと言えばこの国の保守的で後ろ向きな旧体制の短所であるとさえ感じている。


ジュリアナ東京同様、折口氏にも是非とも復活して欲しいと考えるのは僕だけではあるまい。



それにしても…全く関係ないのだが、ジュリアナ東京復活の影の功労者は…密かに「にしおかすみこ」だと感じているのは僕だけだろうか…(笑)。













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山本モナと二岡丸刈り騒動
2008/07/12(Sat)


 よくわからんのが読売巨人軍の二岡選手と女子アナウンサーの山本モナの不倫騒動である。


 居酒屋タクシーや国政の腐敗は何十年も放って置くくせに、マスコミはこの手の話題は大好きなのか迅速性に事欠かない。いやそれ以上にわが国の報道のレベルはこの程度なのか…それとも、庶民はこんな話題の方が好きなのか…。


 えっ?僕ですか?もちろん大好きですよ(笑)。


 ともかく、個人的にはテレビにも疎いし、女子アナにも特に興味はないので、山本モナって聞いても、

「え?どんなお菓子?」


 と思ってしまう程度である(笑)。



 とは言え、当の二岡選手本人と読売巨人軍の方は大騒ぎのようである。

 芸能人なら、少々の浮いた名前が出るのも広報の一環のような場合もあろうが、クリーンイメージを重視し、日本球界の盟主を自認する読売巨人軍にあってはそうも行かないらしい。

 また、勝負の世界に生きるスポーツ選手はグラウンドでしか自己表現の場を与えられていない。潔くも厳しい世界ではある。



 その不倫騒動でお騒がせの当の二岡選手だが、けじめのつけ方が


「丸刈り」


 だとはよくわからん世界である。弁解の場が与えられないスポーツ選手にはこんな方法しかなかったのかもしれないが…。


 何らかのけじめをつける必要性は理解できるし心境には同情しうるが…考え方によっては、これではまるで中学校か高校の延長のようではないだろうか…?


 野球しか自己表現の場がなく、税金でメシを食う連中のように解雇してしまうのはちょっと行き過ぎであろうが、悪く捉えると随分甘っちょろい世界でもある。



 なにせ、


「QBHouseなら10分1000円でけじめがつけられる」




のだから…随分安価で手っ取り早いけじめのつけ方だ(笑)。大いに学ばせて頂きたい所ではある。



 斜に構えるなら、丸刈りで済むなら昔気質の中学・高校なら生徒は年中けじめのつけっ放しである。考えてみると野球部は今も大体けじめのつけっ放しだ(笑)。 


 さらには、坊さんや住職は一生けじめがつけっ放しの人生だ(あれは俗を絶つ意味だったか…笑)。





 ともかく、図らずも二岡選手にとっては勝負の年になってしまったわけである。契約更改時にも球団側は厳しい態度で望んでくるのは間違いあるまい。とは言え、野球選手はグラウンドで結果を残すしかない。




 ちょっと打撃が不振に陥るやいなや…


「どこでバット振っとるんや?」


 と心ない野球ファンには口汚いヤジを飛ばされること必至である(笑)。この辺りは野球選手の性と言うべきか、誠に気の毒と言うしかない。




 反省すべきは反省し、過ぎたことは過ぎた事として置いておいて、グランドでこそ頑張って欲しい。

 
 
  それにしても…さらに悪乗りさせてもらうとすれば、不倫騒動のけじめと言うなら、どうせなら大胆に、



「自分自身の浮いた気持ちに渇を入れるべく、頭以外も丸刈りにしました」




 位はやって欲しい。むしろその方が現実的な抑止効果も期待できるというものではないだろうか…(笑)。

 


 日本の野球も小粒な選手が多くなってつまらなったと言われる昨今、そこまで大胆に踏み切れない辺りに近年の野球人気の低迷と巨人軍の凋落の原因が・・・









 ・・・あるわけないか(笑)。














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七夕
2008/07/08(Tue)


【source】http://kaze-sora.com/


実は…「七夕」よりも「棚ボタ」の方が好きだ…(夢がないか-笑)。


いや、「七夕」もいいが「棚ボタ」の方がもっと好きだというべきか…(やはり夢がないか…笑)。




やはり天気は微妙だなぁ…。






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